グローバル・マーケッツ(GM)とは
グローバル・マーケッツ(Global Markets、以下GM)あるいはセールス・アンド・トレーディング(S&T)とは、投資銀行において機関投資家(アセットマネジメント、ヘッジファンド、年金基金、保険会社など)を顧客とし、株式や債券、為替、デリバティブなどの金融商品の売買を行う部門です。企業から資金調達やM&Aのアドバイザリーを請け負う投資銀行部門(IBD)が「プライマリー市場(発行市場)」を担うのに対し、GMは「セカンダリー市場(流通市場)」でマーケットメイクを行い、市場に流動性を提供することで収益を上げる役割を担っています。
投資銀行というとIBDの華やかなイメージが先行しがちですが、実際の収益規模を見ると、GM部門の方が全社収益に占める割合が圧倒的に大きいのが一般的です。各社の2025年通期のIRデータを見ると、その構造がはっきりと分かります。
たとえばゴールドマン・サックスの2025年通期決算では、グローバル・バンキング&マーケッツ部門の純収益約415億ドルのうち、IBDに相当する投資銀行手数料(アドバイザリーや株式・債券引受)は約93億ドルでした。これに対し、FICC(債券・為替・コモディティ)と株式を合わせたマーケッツ部門(S&T)の収益は約311億ドル(FICCが約145億ドル、株式が約165億ドル)にのぼり、IBDの約3.3倍という巨大な収益を上げています。
モルガン・スタンレーの2025年通期決算でも同様の傾向が見られます。法人向け証券部門(Institutional Securities)の純収益約331億ドルのうち、投資銀行部門が約76億ドルであるのに対し、株式(約156億ドル)と債券(約87億ドル)を合わせたセールス&トレーディング収益は約243億ドルを占め、こちらもIBDの約3.2倍の規模を誇ります。このように、投資銀行の屋台骨を実質的に支え、日々のキャッシュフローを生み出している最大の稼ぎ頭はGM部門であると言えます。
株式(エクイティ)と債券(FICC)
GM部門が取り扱うプロダクトは、大きく株式(エクイティ)と債券(FICC)に分かれます。
エクイティ(株式)
- 上場株式の現物取引や、オプション・スワップなどの派生商品を扱う
- 取引所取引が中心となるため価格の透明性が高く、アルゴリズムによる高速取引が活発
- ヘッジファンドに資金や株券を貸し出し、取引インフラを提供する「プライム・ブローカレッジ」業務が、極めて安定した巨大な収益源となっている
FICC
FICCは、Fixed Income(債券)、Currencies(為替)、Commodities(商品)の頭文字をとったもので、次のような特徴があります。
- 国債・社債などの債券、金利、クレジット、為替、原油・金などのコモディティと、その関連デリバティブを幅広く扱う
- 世界中の機関投資家や中央銀行の巨大な運用資金が債券に振り向けられるため、市場全体の規模は株式市場を大きく上回る
フローとノンフロー(ストラクチャード)
これらの商品は、取引の性質によって「フロー」と「ノンフロー(ストラクチャード)」にも分かれます。この区分は、後述する職種の役割を理解するうえでも重要です。
- フロー商品:国債やプレーンな為替など、標準化されて頻繁に取引されるもの。電子化・システム化と、価格提示のスピードが勝負になる。1件あたりの利幅は小さいが、取引量が多い。
- ノンフロー商品:顧客の複雑なニーズに合わせてオーダーメイドで組成される複雑なデリバティブや仕組債。組成に高度な計算と手間がかかる分、1件あたりの高い利益率(マージン)を確保できる。
GMの主な職種
GMの仕事は、大きく4つの職種に分けて理解すると分かりやすくなります。それぞれ求められるスキルが異なるため、自分の適性を考える際の手がかりにしてください。
セールス
セールスは、顧客と市場をつなぐ窓口です。
- 機関投資家を担当し、ニーズを聞き取って商品や投資アイデアを提案する
- リサーチ部門のレポートやトレーダーの相場観を、顧客に分かりやすく伝える
- 求められるのは、コミュニケーション能力、顧客との関係構築力、市場全体を俯瞰する力
トレーダー
トレーダーは、市場で実際に価格を提示し、リスクを管理する役割です。
- 顧客から受けた注文をさばき、自社の在庫(ポジション)を管理しながら買い手・売り手の双方に価格を提示する「マーケットメイク」が中心
- かつてのような自己勘定の投機取引は、リーマン・ショック後の規制(米国のボルカー・ルールなど)で大きく制限されている
- 求められるのは、瞬時の判断力、リスク感覚、相場のストレス下でも冷静さを保つ精神力
ストラクチャリング
ストラクチャリングは、ノンフロー商品を設計する商品開発者です。
- 顧客の複雑なニーズ(特定のリスクをヘッジしたい、特定の相場観に賭けたいなど)を聞き、それを実現する仕組債やデリバティブをオーダーメイドで組成する
- たとえば「金利が一定範囲に収まれば高い利回りが得られる債券」のように、複数の金融商品を組み合わせて新しい商品を作り上げる
- 商品の価格付け(プライシング)や、想定されるリスク・リターンのシミュレーションを行い、セールスと連携して顧客に提案する
- フロー商品より利幅が大きいため、ストラクチャリングは収益性の高い分野とされる
- 求められるのは、金融工学の知識、論理的な構築力、そして顧客の課題を商品に翻訳する発想力
クオンツ
クオンツは、GMを数理面から支えます。
- 高度な数学・統計・プログラミングを用いて、デリバティブの価格を計算するモデルや、リスクを測定するモデルを開発・運用する
- ストラクチャラーが設計した複雑な商品を正しく価格付けできるのは、クオンツが作る数理モデルがあってこそ
- アルゴリズム取引の戦略構築や、市場リスクの定量分析なども担う
- 物理学・数学・コンピューターサイエンスなどの修士・博士号を持つ人材が多く、理系のバックグラウンドが活きる職種
- 求められるのは、数理モデリング能力、プログラミングスキル(Python、C++など)、抽象的な問題を数式に落とし込む力
トレーダーが市場の最前線で売買の執行を行うのに対し、ストラクチャリングとクオンツは複雑な商品の組成やリスク管理に注力しています。近年は商品の高度化に伴い、後者2職種の重要性がますます高まっています。
リサーチ部門との関係
GMを理解するうえで欠かせないのがリサーチ部門との関係です。
リサーチ部門のアナリストは、経済動向や個別企業、業界を分析してレポートを発行します。
- セールスはこのレポートを武器に顧客へ提案を行う
- トレーダーも相場観の参考にする
リサーチ自体は直接的な収益部門ではないですが、GMの提案力を支える重要なインフラとなっています。
なお、リサーチとIBDの間には「情報の壁(チャイニーズ・ウォール)」と呼ばれる厳格な情報遮断が求められますが、リサーチとGMは比較的近い関係にあり、アナリストがセールスやトレーダー、顧客向けに見解を共有することは日常的に行われています。
主な顧客層
GMの顧客の中心は機関投資家です。個人投資家を直接の顧客とすることは基本的になく、この点が証券会社のリテール部門との大きな違いです。具体的には以下のような顧客が挙げられます。
- 資産運用会社(アセットマネジメント)
- ヘッジファンド
- 年金基金
- 生命保険・損害保険会社
- 政府系ファンドや中央銀行
- 大企業の財務部門
いずれも巨額の資金を運用・管理しており、競争力のある価格、安定した流動性、質の高いリサーチや提案を継続的に提供できるパートナーを求めています。
外資系と日系の主な強み
GMを擁する金融機関は、大きく「外資系」と「日系」に分けられます。それぞれに明確な強みがあります。
外資系(米系:ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー、JPモルガン、バンク・オブ・アメリカ、シティグループ/欧州系:UBS、ドイツ銀行、バークレイズ、BNPパリバなど)の強みは次の通りです。
- 世界中の市場をつなぐグローバルなネットワークと、24時間体制での執行力
- 株式・債券・為替・コモディティにまたがる幅広い商品ラインナップ
- 高度なデリバティブやストラクチャード商品を組成・提供する技術力
- プライム・ブローカレッジなど、グローバルなヘッジファンド顧客基盤に支えられた安定収益源
日系(野村證券、大和証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券、みずほ証券、SMBC日興証券など)の強みは次の通りです。
- 国内機関投資家との厚い関係に基づく、円金利・日本株市場での強固なプレゼンス
- 日本国債(JGB)市場における圧倒的な取引基盤
- 銀行・証券一体での総合的なソリューション提供(メガバンクグループとの連携)
- 日本企業や国内顧客のニーズに対する深い理解とネットワーク
どちらが優れているということではなく、グローバルな市場で勝負したいのか、日本市場での強固な基盤を活かしたいのか、自分の志向に合わせて選ぶのがよいでしょう。
まとめ
グローバル・マーケッツ(GM)は、流通市場で金融商品を売買し、市場に流動性を提供する投資銀行の中核部門です。収益規模ではIBDを大きく上回り、文字どおり投資銀行の屋台骨を支えています。プロダクトは株式(エクイティ)と債券(FICC)に大別され、さらにフローとノンフローに分かれます。職種としてはセールス、トレーダー、ストラクチャラー、クオンツがそれぞれの役割を担い、リサーチ部門がその提案力を支えています。顧客は機関投資家が中心で、外資系・日系それぞれに異なる強みがあります。各プロダクト(デスク)の詳細は個別記事に譲りますが、まずはGM全体の地図を頭に入れておくことが、業界研究の第一歩になるはずです。
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出典
本記事の数値は次の一次情報に基づいています。
- The Goldman Sachs Group, Inc. 「Fourth Quarter and Full Year 2025 Earnings Results」(米国証券取引委員会 EDGAR 提出):https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/886982/000088698226000008/a4q25gsearningsresults.htm
- モルガン・スタンレー 2025年通期決算資料(同社IRサイト)
※ 部門別の収益は各社の決算資料の区分に基づいています。為替は考慮していません。